かつて格闘技ブームが日本で巻き起こっていた2000年ごろ、人類最強と呼ばれた一人の格闘家が日本で活躍していたことをご存じでしょうか?
その選手は他に”60億分の1の男”や”氷の皇帝”とも呼ばれており、かつて日本最大規模団体となったPRIDEでその実力を振るっていました。
そのような名で呼ばれていた、”エメリヤーエンコ・ヒョードル選手”とは、一体どのような選手なのか、また人類最強と言われる所以は何なのか、調査してみたいと思います。
目次
ヒョードル選手の経歴及び戦歴
格闘家デビュー前
エメリヤーエンコ・ヒョードル選手の格闘家としてのバックボーンは柔術とサンボという格闘技です。
サンボという格闘技はヒョードル選手の出身でもあるソビエトで開発され、軍隊格闘技としても発展しています。
日本では「コマンドサンボ」と呼ばれることもあり、柔術、サンボのどちらも投げやグラップリングに精通している格闘技となっています。
また、ヒョードル選手は、ロシア陸軍に入隊している経歴を持っています。
ロシア軍という語感だけでめちゃくちゃ強そうですね・・・偏見ですが。
退役後、柔術やサンボの大会で活躍した実績も持っています。
世界TOPクラスの実力を発揮していたものの、経済的な理由もあり、柔術、サンボを極め続ける道は閉ざされてしまうことになります。
総合格闘技デビュー
ヒョードル選手はリングス・ロシア(現ロシア・トップチーム)を見学したことを機に、総合格闘技への転向を決意。そのままこのジムで総合格闘技を始めます。
2000年より”リングス”にてプロデビューを果たすと連勝を重ね、勢いそのままヘビー級王座決定トーナメントへ参戦し、初代リングス世界ヘビー級王者となります。
その後、無差別級トーナメントへ参加すると優勝。リングス2冠を達成します。
このリングスで活動中に、1敗だけ喫することになりますが、相手の肘(ルール上反則)が当たってしまうというアクシデントによるTKOのみと、実質敗けでは無い内容となっています。
後に対戦相手もこの肘に関してはアクシデントであったと語っているそうです。
PRIDEへの参戦
リングス活動停止に伴い、2002年よりPRIDEへ参戦することとなります。
PRIDEにおける活躍にて、ヒョードル選手の名前は世界に知れ渡ったといっても過言では無いと思います。
デビュー戦を判定勝で飾ると、このままヘビー級2代目王座に輝きます。
この後、PRIDEに参戦している選手たちは、ヒョードル選手へ幾人も挑戦しますが、悉くを薙ぎ払い連勝。
なんと、PRIDEでの戦績は無敗となっており、衝撃的な戦績を残しています。
PRIDE消滅後の活躍
2007年のPRIDE消滅をきっかけに、活躍の場をAffiction、strikeforceといったアメリカの格闘技団体へうつすこととなります。
このstrikeforceにて、自身初となる3連敗を喫することとなり、自らの口から引退という言葉が出ています。
ちなみにこの時点でヒョードル選手は35歳です。
引退しません!
なんとヒョードル選手、つい最近まで格闘家として活躍を続けていました。
直近ではBellator MMAで活動を続けており、最新の公式戦は2019年となっています。
ただ、試合をしているだけではなく、グランプリ決勝戦まで勝ち上がるほど、年齢を感じさせない現役ぶりを発揮しています。
ヒョードル選手はどんな格闘家?
前述ではヒョードル選手の活躍を経歴を追って紹介させていただきました。
以下から、ヒョードル選手の強さについて紹介したいと思います。
バックボーンである柔術、サンボを活かした寝技
ヒョードル選手の起源である柔術、サンボを活かした寝技は、数々の格闘家から評価されています。
グラウンドに持ち込んだ際は、間接技は勿論、強力なパウンドで相手を責め立てます。
個人的な見解では、このパウンドの威力が半端なく、リングが壊れるのでは?と思う勢いで相手を殴りつけてます。
立ち技も強い・・・
上述で説明した通り、ヒョードル選手のバックボーンは寝技に精通する柔術やサンボです。
しかし、通算成績を見ると、一本勝と同じくらいKO勝利を収めています。
これかなり凄いことですよね・・・
観ていて思うのは、スピードと威力が他選手と一線を画しています。
実際、キックボクシング出身であるミルコ・クロコップ選手は、打ち負けたことを認めていたり、ティム・シルビア選手は人間じゃないと評価するほどです。
ということで、寝技もできれば、立ち技も強いという、オールラウンダーな選手です。
ヒョードル選手が人類最強と呼ばれる所以は?
最重量階級であるということ
最重量級の王者なので最強!っという考え方はpfpの考え方を全否定してしまうことになるかもしれませんが、今回の検証としては、”人類最強”なので、重要なファクターと捉えます。
ヒョードル選手の階級はヘビー級で、PRIDEルールでは93kg以上となっているため、実質上限は無し。つまり最重量級です。
なので、少なくともその団体で活躍する選手では一番強かった、と言えます。
総合であるということ
これも一概に他競技を否定する訳ではありません。
が、やはりキック、パンチ、投げ、サブミッションとすべての攻撃手段を鍛錬する総合格闘家は、総合力として評価した場合は秀でるのは無いでしょうか?
何度も言いますが、他競技も大好きなので、否定しているわけでは無いです。
上記観点で見た場合、ヒョードル選手はキックボクサーに敗けない立ち技の強さ、バックボーンを活かした一流のグラップリングスキルを兼ね備えているので、十分な評価となるでしょう。
PRIDEという格闘技団体
PRIDEのコンセプトは、それぞれの格闘技選手が世界一、として人類最強の称号を争う・・・だったそうです。
人類最強を決めてたんですね。あくまでコンセプトですが。
当時のPRIDEという格闘技団体は、その選手層、規模から、世界中からもとんでもない人気、知名度を博していました。
となると、やはり名声を広めたいがために、世界中の強豪が集まることとなります。
そんな格闘技団体で王座に輝く選手こそ、最強と呼ぶに相応しいのではないでしょうか?
つまり人類最強
上記理論で考えるに、最盛期の最中、ヒョードル選手は人類最強と呼ぶに相応しい選手であったのではないでしょうか?
UFCで活躍するような選手ですら、ヒョードル選手に憧れ、目標にしているそうです。
そんな選手が日本で活躍していたという事実は、驚きの一言ですね。