K-1

チェ・ホンマンの身長・体重・経歴は?整形や逮捕の噂や今現在は何をしている?

チェ・ホンマンのwiki的プロフィール!

チェ・ホンマンのWiki的プロフィール!

名前:チェ・ホンマン

出身地:大韓民国

誕生日:1980年10月30日

身長:218cm

体重:160Kg

血液型:O型

 

身長218センチ!体重160キロ!!

 

ご覧の通り身長体重、まさに巨人のニックネームがぴったりそのままあてはまりますね。格闘技をするのに恵まれた体格のチェ・ホンマン選手の身長は中学校1年生の時は152cm、2年生の時は168cm、3年生の時は180cmだったそうです。

しかしそれまではまわりの友達より体が小さくてニックネームが豆、粟だったそうです。弱くて友達からはからかわれていたとか。

 

高校卒業時には190cm以上へと成長します。体格を活かして大学中退後はシルム(朝鮮半島の格闘技。土俵はなく、組合った状態から投げを打ち合って勝敗を競う競技)の選手となり、日本の相撲の横綱に相当する「天下壮士」の大会で優勝しました。戦いに勝った後にテクノダンスを踊ることから認知度が広まり、ヘアスタイルと共に、世間にシルムを広めるきっかけとなりました。

 

シルム選手時代にはあるテレビ番組で韓国公演中の元横綱の朝青龍とも対面していて、日本・韓国の横綱バトルと称してリンゴを握り潰すなど競っていました。しかし2004年12月6日に当時所属していたチームが解散し、その後参戦を考えていたK-1の世界へ飛び込みました。

チェ・ホンマン選手がK-1進出を宣言すると、シルム連盟は、チェ・ホンマン選手を除名処分にするとともに、今まで獲得したタイトル経歴も全て削除するという、極端な措置を取りました。

しかし、タイトルが剥奪されたとはいえ、「韓国の横綱」と呼ばれ、韓国でチェ・ホンマン選手を知る人たちは、プロシルムの最高位であると認識していて、今でも英雄と呼ばれています。

 

2005年3月19日、K-1デビュー戦になったK-1 WORLD GP 2005 IN SEOULのASIA GP。対戦相手はほとんどキックボクシング素人の元関脇・若翔洋選手でした。若翔洋選手の身長は182cmで、チェ・ホンマン選手との身長差はなんと約40cm!!

結果は、地元の大歓声を受けたチェ・ホンマン選手の1ラウンドTKO勝ち。

さらには、曙選手、ガオグライ・ゲーンノラシン選手を破って見事トーナメント初出場初優勝を果たし、チェ・ホンマン選手は一夜にして、新たなK-1のシンボルへとなったのでした。

 

チェ・ホンマン選手は格闘技術が際立っているわけではありませんが、身長218cm、体重160kgの体格が非常に大きな武器です。打撃は体格を活かした力強さがあります。リーチの長い選手でも顔まで攻撃が届かなかったり、距離をつめても強烈な膝蹴りで相手を圧倒します。

一方で動き・ステップが遅く、なにより攻撃の始動が非常に遅いため、トップクラスの選手たちのディフェンスにはほぼ通じないことがなによりも弱点です。

身長218cm・体重160kgという巨大な体が、チェ・ホンマン選手の最大の長所でもあり、最大の短所でもありますね。

 

チェホンマンの主な成績・受賞歴はこちらにまとめてありました。

<シルム>

2003年、民俗相撲白頭(ペクトゥ)級新人賞

2003年、鎮安大会126代白頭壮士

2003年、天下壮士(日本でいう横綱)大会優勝

2004年、正月壮士大会優勝

2004年、ハムヤン大会優勝

<K-1>

2005年、K-1ワールドグランプリ・ソウル優勝

2006年、K-1ワールドグランプリ・ソウル・スーパーファイト優勝

2007年、K-1ワールドグランプリ・香港・スーパーファイト優勝

2009年、K-1マックスコリア2009アワード最優秀選手賞

引用:http://www.wowkorea.jp/profile/500047.html

チェ・ホンマンが逮捕されたって本当?

K-1での活躍が認められ日本の芸能界でもチェ・ホンマン旋風を巻き起こしました。一方でいろいろとトラブルが絶えませんでした。

ソウル市で自身が経営する飲食店においてお客である女子大学生に暴力を加えたとして書類送検されました。しかし、口論になって手を頭部に当てた程度だと弁明しており、女子大学生側もお酒に酔って自身に非があったことを認めており後に和解が成立しています。

 

他には突然の試合のドタキャン、アーティスト活動での契約違反問題などトラブルは以前から絶えませんでした。

 

そして2015年10月に詐欺容疑で起訴されました。

詐欺の内容は、マカオで知人2名から、約1億2,500万ウォン(日本円で当時約1,340万円)を超えるお金を借りたのをチェ・ホンマン選手が返還しなかったというものです。再三の出頭要請に応じなかったためにソウル東部地検は逮捕状を請求し指名手配れました。

 

逮捕状請求に関してチェ・ホンマン側は遺憾の意を表明し、調査に応じる予定だったと説明しました。しかし日本から帰国してすぐに出頭要請に応じればいいところを約3か月も応じなかったことで世間からバッシングを受けました。

 

ようやく出頭要請に応じたため、逮捕は見送られました。

もし、そのまま出頭しなければ逮捕は時間の問題だったでしょう。

そしてこの詐欺事件は2016年1月14日、ソウル東部地裁は懲役1年、執行猶予2年を言い渡し有罪判決が確定しました。

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